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イタリア旅行マニアのイタリア旅行記。 ミラノ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマ、それだけがイタリアではありません。

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プロフィール

Author:らふぁえろ
イタリア渡航暦
1999年12月
2000年春、冬
2003年冬
2004年春、冬
2006年は9月27?12月25日

イタリア各地を旅をして、街歩きを楽しみ、
絵画・彫刻を鑑賞していたら、
教会オタク(?)のようになってきました


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TOP > 2007年03月

「今日の晩御飯は何にしようか?」 ダンテ像
本日の相談役はシニョーリア広場のダンテさんです。

 「ダンテさん宜しくお願いします。」

 「・・・・」

「お勧めの料理なんか有りますか?」

「うーーーん・・・・」

と相談して、ダンテさん答えてくれる分けでもありませんので、自分で選びます。
(聞こえたら怖いです)

入ったトラットリアは、何所だったか?近くに行ったら思い出すかも知れません。
 もう1ヵ所と迷いましたが、こっちに入りました。 Verona_Spaghetti
プリモピアットは、Spaghetti all'acciuga con uvetta e pinoli(スパゲッティ・アッラッチューガ・コン・ウヴェッタ・エ・ピノリ)かPappardella al ragu d'anitraだったように思えます。(この店には2回行きました。)

Acciuga(アッチューガ):鰯

Uvetta(ウヴェッタ):干しぶどう

Pinolo(ピノロ):松の実

アンチョビソースに、干しぶとうと松の実を添えたスパゲッティ

Pappardella(パッパラデッラ):きし麺状のパスタ

Ragu(ラグ):ミートソース

anitra:私の辞書には載ってません。

どっちも美味しかったですが、ちょっと珍しい方のパスタを解説しますと、松の実や、干しぶどうのほんのりした甘さとアンチョビの塩気がちょうど良く、量は少々多めでしたが舌は満足な1品でした。

 でも、「ヴェローナ、食の世界遺産や?。」等とは叫んでいません。
 Verona_Carne
セコンドピアットはPastisada de caval con Polenta (Spezzatino di cavallo)。

 馬肉の煮込み、ポレンタ添え。 馬肉は脂分が少ないので固くなることが多いと思うんですが、味もしみこんでいて柔らかく、とても美味しかったです。
 Verona_Smart

飲み物はスプマンテではなく、ヴェネトのワイン、ソアーヴェ。
すっきりした辛口の白ワイン。
(魚料理でなくても、良いのだ。)

ソアーヴェ


Verona_tiramisu

ドルチェはフィレンツェでの私の通り名ともなっているTiramisu(ティラミス)です。
(一部関係者のみ知っている秘密の名前です)
 これも甘過ぎず、合格点   

 Verona_フレスコ画
フレスコ画発見。





Verona_Duomo
ロマネスク様式のDuomoだったはずです。



スカラ家の霊廟
スカラ家の霊廟と教会
スカラ家の廟と、それに連なる教会。


 スカリージェロ橋

夜のスカリージェロ橋。

この橋を渡ると、別の世界に迷い込みそうな雰囲気です。



2006年10月13日 ヴェローナ 2 

 

ナチュラル・バランス・ダイエット
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昨日ダウンしたので少し不安でしたが、1日寝たので体調は戻りました。

この日は一旦ミラノに寄って、することが有りました。
つい1週間ほど前に買った携帯電話が壊れたのです。(早過ぎます)
充電器か、電話自体の問題か分かりませんが、充電が出来ないのです。
フル充電できたのは、実を言うと1回きり。買った時に充電したのが最初で最後。

その後は一晩充電しておいても、バッテリーの目盛は1つのまま。(一番安いのを買ったのが悪かったのか?)

だから使う時だけ電源を入れて、素早くSMSを打ったり、電話することしか出来ず、大変不便だったのです。

ここは、これをネタに私に携帯を売りつけた店へ殴りこみに、ユスリにクレーム言いに行くしかありません。

ミラノ中央駅から地下鉄に乗って、携帯電話買った店(何でかゲーム屋)へ行って、低いレベルのイタリア語で交渉開始です。

日本だったら、代替機を貰って問題解決ですが、ここはイタリア、そうは問屋が卸しません

違うバッテリチャージェーで試したり、するのですが、どうにも原因が分からんようです。

そして、店の人は何所かに電話をしまて、私にこう言いました。
「ここに行って。」

「ここに行ったら、直るの?」
かなり不安でしたが、住所と電話番号を書いたメモを受け取り、地図にマークをして貰い修理屋さんに行くことになりました。

でも、なんで私が行かなきゃならないんだろう?

そして、修理屋さんまで行くのですが、ここでもあれこれ調べても原因分からず、結局メーカー修理に出すことに。。。。

(分解して、テスターで通電不良の場所調べたらいいやん!と突っ込みたかったけどイタリア語が思いつかない。)

「1週間後に取りに来てくれ。」(絶対にそんな早く直ってないと思う。)と店の電話番号の書いた名刺を渡されました。
でも、それでは不確実なので友人の携帯に修理終ったら連絡して貰うことにして、帰ることにしました。

友人にこれらのことを伝え「1週間くらいで、直るらしいので、その頃にまたミラノに帰ってきます。連絡有ると思うので宜しくお願いします。」と連絡を入れました。

「たぶん、それくらいじゃ直らないと思う。」という心強いコメントを頂き、私はヴェローナ方面へ出発するのでした。
ことの他、修理のことで手間取ったので、昼前にはヴェローナ入りしてる予定が、結局14時過ぎです。

過去に1度来てるので、大まかな地理は頭に残ってます。

でも、その頃はロミオとジュリエットの舞台ってことくらいしか知りませんでした。
どっちかというと、世界遺産の街がオマケ適な存在。
フィレンツェ縁のダンテさんもここには長く滞在ししていますので、物思いにふけるダンテさんの像がシニョーリア広場の中心にあります。

周囲を川で囲まれた旧市街にはローマ劇場(アレーナ:Arena)、や古い教会、過去には殆ど見てないのが不思議なくらいです。

アレーナ
ヴェローナのアレーナ
やっぱり、ヴェローナでは一際存在感のあるアレーナ。
オペラ等のイヴェントの時に入りたいので、今回もパス。

このアレーナ近くのホテル案内所でホテルの予約をしました。
他にも観光案内所はあるのですが、ホテルの予約はこちらでないと出来ないのです。
1泊分をホテル案内所で支払い、残りはホテルでチェックアウト時に支払います。

ヴェローナ、カステルヴェッキオ
カステルヴェッキオ(Castel vecchio)、現在はカステルヴェッキオ博物館(Museo di Castelvecchio)ですが、かつてはスカラ家の城でした。

城はスカリジェロ橋(Ponte Scaligero)とつながっていて、他の城に無い特徴を持っています。

博物館の構造もちょっと面白かったと思います。所蔵内容は武器などの展示、キリスト教の祭壇画、彫刻など。
博物館のリンク先にはあんまり写真無いですね。


ヴェローナ、スカリージェロ橋
ヴェローナ、スカリージェロ橋2
スカリージェロ橋
第2次大戦で破壊され、その後再建された橋です。
博物館は入らなくても、この橋を渡ってみましょう。
とっても雰囲気のある橋です。

ヴェローナ
ヴェローナ2
ヴェローナの旧市街

ヴェローナ夕暮れ
ヴェローナ
夕暮れのヴェローナ


うーん、1日が早い。



2006年10月13日 ヴェローナ 1









ナチュラル・バランス・ダイエット


初めてのダウン

赤コーナーより挑戦者の入場です。
 これまでの戦績は6戦5勝、1分けです。

第1Rゴングが鳴りました。

「カーーーーン」
 「ダウン!!1.2.3.4.5・・・・・」


 話は遡ると、前日の夜2006年10月11日に夜に。

 ミラノで友人と待ち合わせをして居た場所には、もう1人の人物が居ました。

 イタリアに料理修行に来ているコックさんです。

 この人がなかなか話の面白い人で、各地の料理の語ってくれたのです。

 「南イタリアでは生のウニが食べられてねー。  その場でパンと割って食べるのが、旨い。  日本で桐の箱に入ってるウニ?  アレはダメ。防腐剤とか入ってるから、味が全然違う。」

 「リグーリア州には、薄くパリッと焼いたピッツァの生地に チーズを挟んで、わざと生地にヒビを入れる。 それを焼いたら、生地と生地の間のヒビから溶け出したチーズはパリッと焼けて、生地に挟まれてるチーズはトロッとしてて。 香ばしい香り、生地のパリパリ感、とろけるチーズの旨みがねー、旨い。」

と、こんな感じで。

話を聞いてると、食べ物の形や味や食感、匂いまで伝わってくるのです。


私は、正直その人を憎らしいとさえ思いました。(殺してやる?とは思いませんでしたが。)

それは、本当に美味しいものを知っている人間の顔だったからです。
とっても悔しい。
何だか分からないけど、負けたくない。

私はこれまでいろんな強行軍をやってきたんだ。
美味しいものをどれだけ知ってるかは、現時点では負けてるけれど、無茶な旅では、絶対に負けるもんかー!

そんな気持ちが沸々と湧いてきてしまったのです。
本当は、体調も悪いし、ローカル線で1駅か2駅くらいの場所を半日だけ見て、残りの半日は休養にしようと思っていたのです。

でも、ライバル(?)の出現がそんなことを許さなかった。
「立て、立つんだ、らふぁえろ。風邪なんかに負けるんじゃない!」
そんな声がリングサイドから聞こえてくるような気がしました。


その日の夜にコックさんはベルガモに行って知り合いとポルチーニを摂って来ると、言って旅立ったのでした。
「アオスタはねー、山が綺麗でねー。駅にレンタサイクルが有るからそれ使ったら2,3時間で大体回れるよ。」と言い残して。


もともとアオスタには行きたいと思っていましたが、コック氏の言葉で翌日(2006年10月12日)にカルナーテ?アオスタ日帰り強行軍を決意し眠りに就いたのです。41


でも、朝目覚めてみると、どうにも調子が悪い。
友人宅から、駅までが苦しい。
なんと駅までの道のりが遠いことか。
なんと踏み出す1歩の重たいことか。
呼吸とは、吸って吐くものなのに、肺に入ってくる酸素が少ないんじゃないだろうか。
このまま歩いていても、永遠に辿り付けないんじゃないだろうか。
ゾクゾクするような寒気、地面がグルグル回ってるような気持ちの悪さ。

意識を保っていられる間に、兎に角帰ろう。
どこかで倒れて病院送りじゃシャレになりません。

そして、重い体を引きずって友人宅まで辿りついた私は、ベットに崩れ落ちました。393
暫らく苦しくて眠れなかったけれど、いつの間にか眠ってしまいました。
目が覚めたのは周りが暗くなって、気温が下がってきた時間帯です。


「アオスタまで行ってたのに早かったねー。」
夜になって帰ってきた友人は言いました。

「実は、行こうと思ってたんだけど、駅まで歩いてる途中で気持ち悪くなって帰ってきた。それから、さっきまでずっと寝てたよ。」400
夕方に起きてはいましたが、身体はだるく、頭がグルグル回ってるみたいでした。


「アオスタまで行ってたら、こんなに早いわけないよね。何か食べる?」


「いい。何も食べたくないから。このまま寝ときます。」394
そして、私は翌日まで眠りについたのでした。



この日だけは写真が1枚もありません。

らふぁえろ、カルナーテに死す (T_T)  _| ̄|○


 2006年10月12日 カルナーテ



 


ナチュラル・バランス・ダイエット
※ 写真はクリックで大きくなります。

表題の通りですが、また教会で寝ました。
この日も風邪は回復せず、友人宅を出た時は、「無理しなければ何とかなるか。」というくらいの体調も、ミラノまで出てきた時には悪化して、100m歩けばしんどい状態でした。

ベンチを見つけては座り。
日向を避けて日陰を選んで歩き。
また、ベンチを見つけては休み。

手持ちのユーロも底を突きかけていたので、両替もしないといけないのに、こんなんで大丈夫だろうか?
500mも歩いていないのに、息が苦しい自分の状態に「今日は駄目かもしれない。」という不安が頭を過ぎりました。

そして私は、5分ほど後に見つけた教会に、フラッ(ほんとにフラフラ)と立ち寄ったのでした。
暫らく休んで回復しなかったら、友人宅に帰ろうと決めて。
ミラノ教会ミラノの教会
ポルタ・ガリバルディ駅から程近い場所にある小さな教会です。

教会の中は薄暗く、休むにはちょうど良い環境。
ステンドグラスから差し込む陽光は柔らかく、息の苦しさ、頭の痛みも少しずつ和らいでいくような気がしました。

椅子に腰掛け、机に手を突き頭を載せている姿は、傍から見れば祈っているように見えたかもしれません。
そんな私も、やがて意識が遠退き1時間ほど後に目が覚めました。
正直なところ、眠ってしまったのか、意識を失ったのかは分かりません。

ただ、再び目覚めた私の時計は1時間進み、体調も少し回復していたのです。


次に私が向かったのはこちらです。
ポルタ・ガリバルディ駅の近くなので前から目をつけていた場所で、
一見すると教会に見えますが、実はこちらはお墓なのです。


チミテロ・モニュメンターレ・ディ・ミラノ(Cimitero Monumentale di Milano)


はカルロ・マチャキーニ(Carlo Maciachini)による設計がなされ、ナチスに殺された800人のミラネーゼ、国の名誉ある人物等が葬られています。


ミラノの墓地Cimitero Monumentale Milano

Cimitero Monumentale MilanoCimitero Monumentale Milano

Cimitero Monumentale MilanoCimitero Monumentale Milano

Cimitero Monumentale MilanoCimitero Monumentale Milano



日本屋
次に行ったのは、日本屋という日本のもの扱ってるお店。(ここもポルタ・ガリバルディの近く)
メールチェックなどがしたかったのですが、・・・PC動かしたから今ネットに繋がってないって。
分かる人が今日は居ないからって。(T_T)
折角来たのに?。
周辺のネットカフェも日本語使えるか聞いてみたけど、使えるところ有りませんでした。


ここの近くでは、「Ora」と言ってスクーターに乗ったイタリア人が何でか携帯を見せるんですが、意味が良く分かりません。
カメラ付き携帯を自慢したかったのか?
隙を突いて何か取ろうとでもしてたのか?

いずれにしても、私はしんどいのだから余計なことをさせないで欲しいのです。

「カメラ付き携帯、私のは300万画素で撮れます。珍しくありません。ほっといてちょうだい!」
と言いたかったけど、そんな元気も無いし、「この紋所が目に入らぬかーーーっ!」と

ここでは通じないけど、カメラ代わりに使ってる携帯を見せたら、「ちっ」っという感じで彼は去っていきました。

ほんとに何だったんだか。
こんな経験された方ありますか?
意味知ってたら教えて下さい。


ミラノTorattoriaミラノのTorattoria

お昼を食べに入ったトラットリア。
辛いもの食べらちょっとくらい元気になるかなーと思って、スパゲッティ・ペペロンチーノ。
それ程食欲は無いので、豚肉のスライス。

あとサラダ、1/4Lワイン。
味は特別どうと言うことはなかったんですが、食べたのでちょっと元気になりました。
値段も全部で10ユーロだったので、ミラノにしちゃ安いのかなーと思いました。


ご飯を食べて、少し元気になったので、両替をしに郵便局へ。
1ユーロ=155.21895円、手数料2.59ユーロ。
3万円が190.70ユーロに・・・・(レート悪)
日本で有り金全部ユーロにして持って句たら良かったと思いました。


サン・マウリツィオ・アル・モナステロ・マッジョーレ教会(San Maurizio al Monastero Maggiore)  
実は9月28日に一度入ってるんですが、前回は教会の奥まで入ってなかったのでまた入りました。
この教会は規模は小さいものの、フレスコ画が素晴らしいのです。
修復工事のための足場組まれていて、よく見えない部分マ有りますが、それを潜って教会奥まで進んでみる価値はあると思います。

S. Maurizio al Monastero MaggioreS. Maurizio al Monastero MaggioreS. Maurizio al Monastero MaggioreS. Maurizio al Monastero MaggioreS. Maurizio al Monastero Maggiore


そして、ダ・ヴィンチ・コードでお馴染のサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ教会
最後の晩餐は以前見ているのでパスして、教会本体を見学。

Santa Maria delle GrazieSanta Maria delle Grazie
Santa Maria delle GrazieSanta Maria delle Grazie
Santa Maria delle GrazieSanta Maria delle Grazie

Santa Maria delle Grazie
教会横の白い建物が、最後の晩餐への入り口。

そして、友人との待ち合わせ場所、ミラノ中央駅前のマクドへ行くのでした。



2006年10月11日 ミラノ 


KLMのヨーロッパキャンペーン!


 

トリノに関する本


これは、日本に帰ってきてから読んだ本ですが、トリノを中心とした北西イタリア、サヴォワ地方のことが書かれています。

サヴォワ地方と言うのは現在はフランス領ですが、イタリアを統一に導いたサヴォイア家はこの地方で興ったのです。

サヴォイア家を中心とした歴史が結構詳しく書かれていますが、これ旅行の本なのです。

私が訪れた、バローロ、アルバ、アスティ、ストレーザ、トリノの自動車博物館の情報も有り、行く前にこの本知ってたらもうちょっと調べることが少なくて楽だったのになー。_| ̄|○

ピエモンテ州のカンティーナを回りたいなー考えている人には嬉しいカンティーナの情報も載っています。

トリノ/北西イタリア/サヴォワ地方―近代イタリアのルーツ



 


タイトルに深い意味は有りません。(ぉぃ)
駅前の公園にトリノオリンピックのモニュメント見つけちゃったら、叫びたくなったんですよ。
これ読みながら、イナバウアーしてる人が1人くらいは居ることを期待しています。

トリノオリンピック

アスティを出た時間が早かったので、トリノに着いた頃には人通りもまばらで、少し寒いくらいの外気温でした。
秋ならこれくらいが普通なんだろうなー。

トリノ ピアッツァ・カステッロ

駅前から真直ぐ500mくらい進んでいくと、ピアッツァ・カステッロ(Piazza Castello)に着きます。
主だった観光名所はこの周辺に位置しているので、先ずは王宮(Palazzo Reale)やドゥオーモ(Doumo)辺りから攻めるのが良いんじゃないかなと思います。

トリノ王宮

時系列通りじゃありませんが、広場に面している王宮からご案内いたしましょう。

Torinoの王宮

こちらの入場料は6.5ユーロ。チケットは上の写真の通りです。
もうちょっとデザイン考えて欲しいなー。

トリノ王宮入り口

こちらの見学はガイドツアーで、1時間に1回のペースでツアーが行われます。タイミングが悪かったり、前のグループが多かったりすると、1時間待ち確定。(運が悪いと2時間とかなるかも知れません)

そんな、こともありますから、もし見学するんならここを1番目に訪れて、他の場所で時間調整するのが良いんじゃないかなーと思います。
この時私は、ちょうど前が一杯になったので1時間待ちました。

残念ながら建物の中では撮影が出来ません。(;_;)
私の怪しい記憶を辿ると、室内はサボイア家の人々が住んでいた頃のままの状態。
壁や天井を飾るフレスコ画、油絵は美しく、私はここで住みたいなーなんてちょっと思いました。

当時としては、珍しかったんだろう中国製の焼き物、漆器も目に留まりました。
1つ1つの作品は写真が無いので、鮮明には覚えていません。

でも、なぜだか食堂は印象に残っているのです。
テーブルに並べられた、銀製のフォーク、ナイフ、グラス類。
賓客を招いての晩餐ともなれば、こんなフルコースになるんだなー(羨ましい)と思って1つ1つ見て回りました。

説明はイタリア語オンリーです。
イタリア語何にも分からないと、ちょっと辛いかも知れません。


          説明する人

   観光客、観光客、観光客、観光客、観光客
   観光客、観光客、観光客、観光客、観光客
   
           私

          係りの人(見張りみたいなもんです)

           ↑
   こんな図式で各部屋を進みました。
私はじっくり色んなものを見てたので、後方担当です。

殿の係りの人は、私だけガイコクジンだったので、
「説明分かる?」と聞いてきました。

「ボチボチでんなー。」と言いたいけれど、実際は「ちょっとだけよー」と言う方が近いですね。_| ̄|○

細かいことまでは分からないけど、知ってる範囲の歴史だったので、何となく分かる程度でした。
(イタリア語ちゃんと勉強しなきゃなー)

40,50分くらいのツアーですが、見応えは有ると思います。


TorinoのDuomo

次は、王宮(Palazzo Reale)の斜め奥くらいに位置するドゥオーモ(Duomo)です。
皆さんご存知の聖該布のある教会です。
実物は目に出来ませんが、写真は飾って有ります。
特徴としてはルネッサンス様式の教会で、Firenzeのサンタ・マリア・ノヴェッラに良く似たファザードです。(クリックして見比べて見て下さい。似てるでしょ?)


トリノ 教会

次は、名前を忘れちゃいましたがこんな教会です。
王宮を正面に見ると、ピアッツァ・カステッロよりも左手に位置しています。
ガイドブックなどに載っちゃいないですが、私を呼び寄せるものがありました。(霊ではないと信じたいです。(笑))
入ってみると私の思ったとおり、小さいながらも立派な教会でした。

トリノ 教会

感じの良いシリョーラが、「ここで奇跡が起こったのよー。」って教えてくれました。
聖母マリアが何たら、かんたらと説明してくれましたが、忘れちゃいました。(+_+;)

トリノ 教会

これがその奇跡に関する、ものです。
自分で撮ったのに、これが何だか良く分かりません。(--;)

偶然入った教会が、奇跡に関する謂れの有る場所でしたが、こんな風に教えてくれる人が居なければ、知らないままでした。
「私にとっては、あなたに出会ったのが奇跡ですよ。」

トリノの市場

トリノの朝市
色鮮やかな花を見ると、季節が秋?って思ってしまいました。

パラティーナ門

パラティーナ門、「ちょっと来い」と言う人と

パラティーナ門

「あっちへ行け」と言う人と、必ずどちらの写真も撮りましょう!

トリノの旗

小さな通りに翻るのはトリノ市の旗です。
この雰囲気が、私が撮った写真の中では一番良いかなー。


ということで、オチなんですが、またもやトリノでは何も食べませんでした。
前回、ジェノヴァの日記に書いたように風邪を引いていたのであんまり食欲がありませんでした。


食べ物美味しい、ピエモンテなのに?。

今度は、トリノで美味しいもの食べて、
「これは、まさに食のトリノオリンピックや?!!」と叫んでみたいものです。

おしまい


2006年10月10日 トリノ 







追記

私が飲みたいと思っていた、トリノの名物ヴィチェリンです。
私の入ったバールでは出してませんでしたが、楽天で売られていました。。。。
その時は「がっかりだよ?!」ならぬ、「 _| ̄|○ガックリだよ。」でした。

わざわざトリノまで行かなくても、日本で何でも手に入るのね。



ヴィチェリン
画像クリックでお店にリンクしています。
他では扱ってないようです。

買ってみようかなー。
クリストフォロ・コロンボ (Cristoforo Colombo)という名前はご存知でしょうか?

 クリストファー・コロンブスの出生地イタリアでの名前です。

 世界史でもお馴染、1492年、アメリカ大陸を発見した人物です。
ヨローッパでは大西洋を渡って初めて新大陸に到達した人物ですが、彼を含む多くの人々は、アメリカを東アジアと信じて疑わなかったようです。

 それに対して、彼よりも後にアメリカに渡航したフィレンツェ出身のアメリゴ・ヴェスプッチ(Amerigo Vespucci)は新大陸であると主張しました。
 そんな彼の名前に由来してアメリカという大陸名になったのはご周知の通りです。

 コロンボさん
コロンボの出生地(La Patria:祖国,故郷の意)と銘が打たれた像

それでも、コロンボさんがジェノヴァ(Genova)の有名人であることには違い有りません。

 でも、コロンボという名前だと私は刑事コロンボの方が真っ先に浮かんでしまいます。
(彼もイタリア系のアメリカ人という設定になってます。)
 
ピアッツァ・プリンチペ駅
ジェノヴァには2つの駅があって、こちらはその1つジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ駅(Stazione di Genova Piazza Principe)です。
1番目のコロンボの写真はこの駅前に有ります。
 駅の中に観光案内所があるので、地図や現地情報を仕入れるにも便利です。

 パラッツォ・レアレ
この日は月曜日ということで、王宮は閉まっていました。
 王宮の庭だけちょっと撮って引き上げです。

 ジェノヴァ大学

そのまま海の方へ下って行くと、ジェノヴァ大学が有ります。

 「JINZOU・ABEをどう思う?」 いきなりこんな質問をする人物が大学前に居ました。
 「何ですか、それは?」と問い返すと。

「日本の総理大臣。なんて言う?」と返事が来ました。

「ああ、安倍晋三のこと。」
腎臓と心臓じゃ、発音が微妙に違うんですよ。そして機能は大いに違うんですよ。

 私を留学してる大学生と思ったようですが(確かに写真撮りに入って出てきたから)、私は違うのですよ。
 そして、何故だか電話番号聞かれましたが、旅行者だし携帯電話持ってないと言ってその場を後にしたのでありました。 (ほんとは持ってたんですけどね。)

イタリア人は政治の話が好きですねー。

 門

緯度は高いのにリグーリアの海岸に面しているからか、、この日は10月とは思えないくらいの気温でした。
 コート着てると暑いくらいくらいで、頭もクラクラしてきました。

 暑いのはともかく、頭クラクラするのはおかしいなーと思いつつ、とりあえず港まで行くと、ガレー船が有りました。

 ガレイ船

入場料、大人5ユーロ、子供3ユーロです。 私は入ってません。
 (ロープでも掛けて、パイレーツ・オブ・カリビアンでもして遊べるなら入るかも知れません。)

 ガレイ船というのは、帆船とは違って漕ぎ手がオールを漕いで進むタイプの船(帆も有ります)で、漕ぎ手は主に囚人や捕虜が当てられました。

 狭いスペースでの過酷な労働、映画では手枷足枷を付けられた人達が漕がされてるシーンも有りますね。
 でも、痩せたい時には、良いかもしれません。


ジェノヴァ ジェノヴァ市内ジェノヴァ市内

10月だって言うのに、ジェノヴァって暖かそうでしょう?

Genovaの看板

イタリアで初めて目にした看板です。
お犬様の落し物はちゃんと処分して下さいねってことですが、

「ちゃんと処分してるんかなー?」ちょっと疑問です。


Genovaの看板

街にある看板は結構親切で、建物の写真も入ってます。

Genovaの噴水

今回撮った中では一番ジェノヴァらしいかなと思う1枚です。
他は何でか教会の写真ばっかりです。
実は風邪を引いていたようで、ちょっと歩くと頭がクラクラするような状態でしてた。

ちょっと疲れたら、教会で休憩。

目に入る教会が有ったら、中で休憩。
じっくり絵画鑑賞なんか出来る体調じゃなかったので、
こんなジェノバ滞在になっちゃいました。


ジェノヴァ風ミネストローネ

食事に入ったのは15時過ぎてからです。
注文したのはジェノバ風ミネストローネ。
食欲が無かったので、食事はこれとビール


ジェラート
ドルチェにはジェラート。
そして、カッフェ。


ジェノヴァ市内 ブリニョーレ駅

頭クラクラしながらも、もう一つの駅ジェノバ・ブリニョーレ駅(Stazione di Genova Brignole)
まで歩き、アスティへの帰路に着くのでした。

駅に行く途中で、電気屋に寄って、携帯電話のリカリカ(イタリアの携帯電話はプリペイド方式です。通話料のジャージ、Ricaricaしないといけないのです。)しに行ったのですが、
パソコン君の調子が悪かったらしく15分以上この処理にかかってしまいました。

私は何度もチャージするの面倒だなーと思って50ユーロもチャージしました。
が、なんと、手数料5ユーロです。
基本料というのは有りませんけど、これは何か騙された?って気分になりました。
(現在この手数料は、廃止されたようです。)


この日は風邪引いたおかげで、大した散策が出来ませんでした。
(アスティの宿泊先でシャワーがぬるかったのが風邪の原因です。
 大丈夫だとの過信から、私は震えながらシャワー浴びてました。




風邪にも負けず、熱にも負けず、照りつける太陽にも負けず、
イタリアを放浪できる人間に私はなりたい。 390

そんなことを思った、ジェノヴァ(Genova)です。




 2006年10月09日 ジェノヴァ


 

カネッリで食べる



ガンチャの工場見学が済んだら、友人等が宿泊するアグリツリズモ(Agriturismo)で昼食です。
カネッリ

工場からちょっと山道をクネクネ登っていった場所にあります。
驚いたことに、バスで団体さん(70?80代のグループ)が着ていました。
私が知らないだけで、結構有名みたいです。
友人が言うには、半沢・メロジー タカコさんの本(多分これだと思います。)に載っていたようです。




カネッリ
ここでは、ワインも作っていて建物の直横はワイン畑が広がっています。
収穫は終った後で、ブドウは残ってませんでした。


カネッリ
テーブルに並んでいるのは前菜の盛り合わせかな?
と思ったけど、団体さんの方に運ばれていきました。
_| ̄|○


カネッリ、前菜
カネッリ
プロシュット・クルード(生ハム)、サラーメ(サラミ)、サルシッチャの前菜


サルシッチャ

通常サルシッチャ(分かりやすく言えばソーセージです)は、上の写真の製品ように火を通して食べるのが一般的です。
でも、ここでは生で食べられるんですよ。

ちょっと驚きましたが、甘味のある豚肉でとっても美味しかったです。

Buono?

カネッリ前菜
カネッリ前菜

更に前菜は2品続いて、セーブしながら食べているとはいえ、だんだんとお腹もはってきます。

カネッリ、リゾット
プリモピアットの1皿目、リゾット

カネッリ、ラヴィオリ
プリモピアット2皿目、ラヴィオリ。(^^;)

カネッリ、セコンドピアット

そしてメインのセコンドピアットはカルネ(肉)
量が多いとは聞いていたけど、セーブしながら食べたけど、やっぱり多いです。
写真には写ってませんが、継ぎ足されますよ。
勿論、ワインも有りますよ。


カネッリ

そして、別腹メニュードルチェと相成るわけです。(私は同じ腹ですので苦しいです。)


イタリア人はこれでも、ペロッと食べるので驚きです。
おじいちゃんおばあちゃんのグループも、偵察に行った友人によると綺麗に食べてたとのことでしたから。



日によってはトリュフが出る時もあるようですよ。



カネッリではスプマンテ、食事共に堪能したのでした。
(日本人テーブルは、みんな料理の写真を撮りますのでちょっとおかしかったですが。)




2006年10月08日 カネッリ 3








人生は甘くない。
でも、ちょっとくらい甘くして欲しい。
今日くらい、いいじゃない。


なんてこと、思いませんか?
(同じ書き出しで、いってみます。)

バスは出発がちょっと遅かったことと、霧が出ていたこともあって、予定より30分近く遅れました。

友人はすぐに分かるって言ってたけど、見つからないガンチャ(Gancia)。
現地に着いてから、友達に電話してもつながらない。
10分くらい歩いてみて、見つからなかったのでバス停まで戻って、地元の人に聞きました。

大きな通りを渡って、直進です。
「なんだ、最初に行こうとした方向で良かったんじゃないか。」
分からなかったら、最初から地元の人に聞くに限りますね。

GANCIA入り口

そんな、ガンチャの目印はこれだ!!
人の背丈よりも大きいです。
「すいません。これ1本お土産に頂いて帰って宜しいでしょうか?」(やや本気)

入り口の門を抜けて、中に入っていこうとすると、守衛さんに止められました。
ここでは、VIP(VIPネタはこちらを読んで下さい。)では通れないです。

GANCIA待合室

友人は、もう見学ツアーに行ってしまってたので、
仕方なく、待合室で待つことになりました。

GANCIAポスター
待合室のポスター(古いエチケットです)。
19世紀頃の香りが漂っています。
門をくぐってすぐに思ったのは、カンティーナの規模が大きいということでした。
私が今まで見学したのは、個人経営規模の小さなカンティーナ
でしたが、ここは工場のレベルです。

20分くらい待って居ると友人等が見学ツアーから帰ってきました。
「バス遅れたし、ここも直に見つからんかったし、来てみたら居てないし、どうやねん!(笑)」
と思わず友人に突っ込みました。

「・・・・! 確か昨日アルバでお会いしましたよね?」
友人と一緒に見学ツアーから出てきた人達の中に見覚えのある人達の顔があったのです。

「トリュフ市の会場で、結構飲まれてましたね。(笑)」

「ええ、まあ。いろいろ勉強しないといけないなーと思って。」(銘柄控えてくるの忘れちゃいましたけど)

こちらの見学を終えた友人等は、近くに有る小さなカンティーナを見学すると言うことで一旦別れ、私は次の時間にあるツアーに参加です。
次のツアーはイタリア人のバイク乗りの団体さんがメインで、私の他は友人と同じアグリツリズモに宿泊している日本人が3人。

ガイドをしてくれる女性は、イタリア人。イタリア語、フランス語、英語を喋れるんだそうです。
我々日本人客用には、英語で、イタリア人にはイタリア語で説明するツアーの開始です。

それではアスティス・プマンテ、甘い香りの潜入調査に進みたいと思います。

内部は近代的且つ、スケールの大きなスプマンテ工場。

GANCIA圧搾
圧搾機
ブドウを潰してモスト(ブドウジュース)を作る工程。

GANCIAタンク
発酵用タンク
モストに酵母を加え、温度は20度くらい(だったと思います。)で醗酵させて白ワインを作ります。
1次醗酵


GANCIA
1次醗酵が終了したものに酵母と蔗糖を加えタンク内2次醗酵。
これはシャルマー方式と呼ばれる方法で、製品の均一性、コストの面でシャンパーニュ方式よりも優れています。
アスティ・スプマンテが安く出来るのはこのため。

GANCIA
ボトリング
(ラベルもやっちゃう工程だったかな?)


GANCIAルミュアージュ
こっちはシャンパーニュ方式
ルミュアージュ(動瓶)をする工程。
現在はコンピューター制御で毎日ちょっとずつ動かしてるんだとか。
便利になりましたねー。私が子供の頃はこんなの無かったんですけどね。(ここで育ったわけでもないのに)

GANCIA口抜き
シャンパーニュ方式では瓶内2次醗酵(スティルワインを瓶に詰め、蔗糖と2次発酵用の酵母を加えて、ビールと同じ王冠で密閉して醗酵。)で溜まったオリを瓶口に集め、瓶口を凍らせてオリを取り出します。
この時、オリと一緒に出てしまったワインの量を補う為に、秘密のリキュールが添加され、コルクで密栓されます。


GANCIA資料
ここは資料館みたいな所。
古い道具や、昔のエチッケトが展示して有ります。


GANCIAオールド
明かりで照らして、オリを確かめる。

GANCIAオールド2
昔はルミュアージュをする職人さん(フランス語でルミュール)が1本1本手回しで作業をしていました。


GANCIAプロセッコ

見学が終ったら、アレですよね。
お待ちかねの試飲
この時頂いたのは、アスティ・スプマンテ(Asti Spumante)とプロセッコ(Prosecco)です。




アスティ・スプマンテ
モスカート種を使ったスパークリングワインで、味はマスカットを思い浮かべて貰うと分かり易いです。
甘口で飲み易く、生ハムとメロンなんておつまみがあったら最高だなーと思います。



プロシュート

この時おつまみ無かったんですよね。(心の中で、プロシュートって叫んでました。)




プロセッコ・ガンチャ

もう1つは写真では、手前のボトル。プロセッコです。
こちらは、やや辛口のスパークリングワイン。



パルミジャーノ・レッジャーノ

パルミジャーノなんかをかじりながら飲みたいなー。



ガンチャ(Gancia)

1850年、カルロ・ガンチャ(Carlo Gancia)が設立したカンティーナ。
彼は、フランスに2年間留学し、帰国後1865年にモスカート種を使ったスパークリングワインを製造したのが、イタリアにおけるスパークリングワインの始り。
イタリアワインの歴史を変えた人ですね。



2006年10月08日 カネッリ 2


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人生は甘くない。
でも、ちょっとくらい甘くして欲しい。
今日くらい、いいじゃない。


なんてこと、思いませんか?

前日アルバで、友人が行くというカネッリ(Canelli)のカンティーナ(Cantina)見学へ便乗した私です。
人の好意は甘んじて受ける。
私は、甘い人生(Dolce vita)も良いと思っています。


友人の手配で、見学は出来るものの、現地までは自力で行かなきゃなりません。
当日のアスティは深い霧。
Astiの宿
朝7時くらいのアスティの宿泊先。真っ白です。

MIKADO
10m先くらいしか見えない状況で、こんなの見つけちゃいました。(宿の食堂だし)
イタリア名「MIKADO」と呼ばれる爪楊枝です。
「何でこんなものが、こんな所に有るんだーーー!?」
と喜んで写真撮ってしまいました。

Astiの市内
駅に送ってもらったのは8時頃。
市内も霧は有りますが、ずいぶんと晴れてきました。

アスティからカネッリまでは、バスでの移動です。(電車も有りますが、土日は本数が少ないようです)
駅前からバスが有ると聞いていましたが、今日は日曜日切符は何所で買えばいいんだろう?
上の写真は、切符を売ってるタバッキを探している時に撮ったものです。
数件当ってみましたが、扱ってなくて、仕方なくバス乗り場に行ってバスから出てきた運ちゃんに聞いてみました。

「カネッリまでの切符買いたいんだけど、何所で買えるの?」

そしたら、「バスの中で買うんだよ。ここで待っていれば良いよ。Non c'e problema .」だって。

なーんだ。切符買わなきゃと思って早目に送ってもらって、街を探し回ったのは、何だったんだー。(笑)

運ちゃんにお礼を言って、少し寒いけどその場でバスを待ちました。


出発予定時刻より10分程度遅れて、休憩に行ってた運ちゃん(先程の運ちゃんとは違う人です。)が帰ってきました。
寒かったんですけど・・・

それから、出発までもちょっとかかりました。
電車、バス共に遅れてても、更に遅くなります。(誰も急ぎません。(´`;))
あのー、10時前にはカネッリに着きたいんですけど、大丈夫ですか?

バスは、クネクネした道を進んでいきます。
途中霧も出ていたので、スピード出せないのは分かりますが、約束の時間が・・・・。


どうも間に合いそうも無いので途中で電話しました。
「遅れま?す。」


うーん、書いてたらタイトルと随分離れたオチになってました。


今度こそ、甘いのへ


2006年10月08日 カネッリ 1


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過密スケジュールでバローロ村を駆け抜けた私は、再びアルバに戻ってきました。
17時頃に友人と待ち合わせ。
後に訪れる予定の地、ウィーンの情報、南イタリアの情報を仕入れることが目的です。

でも、前述のようにバローロの滞在時間は50分ですから、2時間くらい余っちゃったのですよ。
余裕が無いところから、立場逆転です。

この日のアルバは何か催しがあるようで、午前中は市が立っていた教会前の広場では、会場設営されていました。
アルバ
ワイン樽を利用しているところが、ワインの産地らしいですね。
日本だと酒樽でやるのかな?
アルバ
ピザ用の窯まで設置されてるのには驚きました。
日本のお好み焼き(屋台の)感覚なんでしょうかね。
アルバのフェスタ
遠くで聞こえるマイクの音を探して、人並みを掻き分けて行くと、イベントやってるじゃないですか。

アルバのフェスタ
どうやら、クラシックカーのイベントのようです。

アルバのクラシックカー
服装もクラシックな微笑ましい老夫婦もいらっしゃいました。
みんなでパパラッチです。
 
アルバのクラシックカー2

アルバのクラシックカー3
この車は、二人乗ったらかなり窮屈そうですね。
Servizioって書いてるから乗っていいのかな?
表彰代わりに受けてしまいますよ。
飛び入り参加で、おいしいところ頂ですね。(笑)

アルバのクラシックカー6
こちらの二人は衣装も車も良い感じです。
全部を見たわけでないけど、良い賞をあげたいなーって思いました。

アルバのクラシックカー8
この車欲しいなーとちょっと思ったり

アルバのクラシックカー10
写真を撮ってるのは私だけではありません。
みんな珍しいから、パシャパシャやってました。

アルバのクラシックカー11
これはイベントとは関係ない駅前に停まっていた車です。

もう一回、トリュフ市の会場に入ったりしてるとじきに時間は過ぎて待ち合わせの時刻となりました。
教会前の広場で待ち合わせをして、その後ワインショップを回ったりしながら、駅へと向かいました。
歩きながら色々話していると、友人は明日カンティーナに行くというでは有りませんか。

「行きたい。」という私の我侭を友人は叶えてくれました。
( ̄ー ̄)フフフ 何でも言ってみるもんですな。
翌日訪問することになったのは、スプマンテで有名なガンチャ(GANCIA)です。

( ̄ー ̄)フフフ(嬉しかったので、ちょっと大きくなりました。)


さて、忙しくも楽しい1日を過ごせた私ですが、帰りの電車を待つ駅のバールで事件は起こりました。
私と友人のほかにも数人の客が居ました。

午後の夕食前の時間、アペリティーヴォ(Aperitivo)と呼ばれていまして、飲み物を頼んだら、カウンターに並んでいるおつまみ類はタダ(無料)
Aperitivoはイタリア語で食前酒と言う意味がありますが、それ以外にも、その時に出される、おつまみなんかを指すこともあります。

私がここで注文したのは、トラメッジィーノとオレンジジュースで料金3ユーロ。
それで、出ていたおつまみを3,4種類は頂いたので夕飯は要らないくらいでした。(実際夕飯は食べませんでした)

こんなシステムが有るイタリアが好きだーーーー。って思いませんか?

イタリアの食前酒にどんなのがあるかというと、カンパリやランブルスコなんかがあります。
カンパリは、カンパリソーダや、カンパリオレンジなどのカクテルで馴染の方が多いかなと思います。ビターオレンジ、キャラウェイ、コリアンダー等数多いハーブを配合して作られたリキュールで、細かい製法は企業秘密ってやつですね。
私が読んだ本では、この製法を知ってるのは社内でもごく一部の人だけって書いてたと思います。(コカコーラみたいなものですね。)
一方のランブルスコはエミリア/ロマーニャ州のDOC格付けのやや甘口、弱発泡のワインです。私の某友人が好きなワインです。これはアルコール度数が低いので、飲みやすいです。


カンパリ


ランブルスコ
(どっちも1000円以下、食事の前に軽く飲むに胃にも、懐にも優しいのが良いですね。)


でもね。
良い事ばかりでは、無かったのです。
酔っ払いのおじいちゃんが店の主人(推定)と口論を始めちゃったのです。
おじいちゃんは、書きませんけどちょっと汚い言葉で店の主人を罵るのです。
最初は、聞き流していたのですが、「てめぇー、調子に乗ってるんじゃねー!!」とカウンターから出来た主人はおじいちゃんに掴みかかったのです。

「えっ?!」

店の奥さんは「警察呼ぶわよ。」とちょっと心配しながらアタフタしてました。
店の主人とおじいちゃんは、私にもぶつかっていったので、ちょっと焦りましたね。(でも、飲み物、食べ物は手放していません。当然は死守です!)

店の主人は私の倍はあろうかという逞しい腕の持ち主でしたので、本気でおじいちゃん殴ったらヤバイんじゃないか!?
彼がいつその腕を振り下ろすのかと、ヒヤヒヤしながら見届けておりました。
勿論、他の店の人が後ろから捕まえて制していますよ。
それでも突進していくパワーと迫力。
こんな場面に遭遇したことは私もそうはございません。

もしこの状況で店の主人が手を挙げたら、何とかして止めなきゃー。
でも、私の腕力で止められるだろうか?
どうしたらいいだろう?
投げる?(重たそう)
鳩尾に一発?(お腹のお肉が多いから効くかどうか)
後頭部へ打撃?(これは危ないし)
ええっと、ええっとー。

そんなことを、1分か2分かの短い時間に考えていたのが、ものすごく長い時間に感じました。

その後、奥さんの通報で、駆けつけた警察官の数はなんと8人。
2人の喧嘩に、仰々しいことでございます。
でも、迫力ありましたからね。
少々物々しい場面に居合わせてしまったのですが、一応みんな無事ほっと胸を撫で下ろしたのでした。


「殴り合いにならなくて良かったねー。」
「どうなることかと思ったよ。」
「ちょっとハラハラしました。」
などと友人と話した後、私達は電車に乗り込み込み家路に着くのでした。


流石の私も、喧嘩の実況中継は収めておりません。
クラシックカーのイベントの動画でお楽しみ下さい。


それではまた、Arrivederci


2006年10月07日 アルバ 2


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私の名は「らふぁえろ」、イタリア各地を風のように駆け抜ける男です。
バローロまで


関係者からは、パックツアーよりも移動が多いことで知られ、イタリアバカの名を欲しいままにしております。
バローロまで2


そんな私がバローロ(Barolo)に来たら、どうなるのか?
当然最速の座は誰にも譲りたくありません。
駆け抜けます、全力で。
もうすぐバローロ


誰にも負けません!!
欲しがりません、勝つまでは。(謎)


バローロ看板
バローロ村に着いたのは、ちょうど14時頃、みんなが昼食を楽しんでいる時間です。
しかし私には、席に着いて食事を楽しんでいるような時間はありません。
バローロ村リストランテ


スケジュールは秒刻み。
常に時計と睨めっこ
バローロ街角
狭い村の中を全速力で駆け抜けます。


アクセルは常に全開。
バローロの気になる木
遠くに見える気になる木も、気にしている暇はありません。


向かってる来る敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
バローロ街角2

やっとの思いで、バローロの城に到着。
バローロ城
バローロの樽
そして「ワインを1杯!」頂くのでした。



何で最速になってしまったのか?


先のアルバ(1つ前の記事を読んで下さい。記事は別ページですが、同一日の日記です。)から、バローロ村まではバスでの移動です。
電車は有りません。


所要時間は約30分で、近いと言えば近いです。
アルバの中心近くにある観光案内所で、バス乗り場とバスの時刻を聞いてきたので、間違いないだろうと思っていたのですが、12:40発のバローロ行きのバスが来ない・・・。

もともと土曜日はバスが無かったのか、イタリアらしく、いつものように来なかったのか、どちら分かりません。
でも、予定のバスより1本後に乗らざるをえなかったのは事実です。

バローロ村の滞在は2?3時間の計画でしたので、これで予定滞在時間が1時間マイナスになりました。
更に悪いことに、帰りのバスはバローロ14:49発か、その後は19:27しか無く、14:49分のバスに乗らざるをえなかったのです。
19:27で帰ると、アスティは22時とかになるかもしれませんし、
19:27のバスが来ないこともあります。安全策を取ったらこなっちゃったのですね。

そんなわけで、バローロ村滞在時間、僅かに約50分。
それ故の、最速のバローロ☆マイスターなのです。(自慢になりません)
好んでやったわけじゃないですからね。
それでも、私に挑もうと言う勇気ある挑戦者いらっしゃいましたら、いつでもお相手致します。(笑)
こんな慌しいこと、普通好き好んでやりませんよね。


50分で街をぐるっと回って、ワイン1杯飲んで、城の資料館見学までしたのだから、まあ良いかな。
ここの城に付属のカンティーナですが、5ユーロ(多分それくらいでした)で3種類のグラスワイン(勿論バローロ)が試飲できるので、お得だと思います。
バローロのカンティーナ
バローロのカンティーナ2
バローロの城に付属しているカンティーナ。
ここで、ガヤのバローロ有るか聞いたんですけど、無いって言われたんで他のカンティーナへ行きました。
でも、そこでも無かったので7ユーロのグラスワイン(バローロ)を飲んで帰路に着いたのでした。(トラットリアやリストランテでも聞いたんですけどねー。)



Gajaのバローロをグラスで飲みたかったなー。(1本はちょっと手が出ないのです。)


バローロ アンジェロ・ガヤ



私が飲んだことあるのは、そんなアンジェロ・ガヤ氏がトスカーナで作るマガーリとプロミス。
マガーリ(Magari)は、〇〇だったらいいのに?とか言う意味で使うイタリア語。
Promisの方は存じません。でも、金貸しじゃないですよ。
どちらも、フランスのワイン用ブドウを使った、スーパータスカン(その地域の固有のブドウを使いことにこだわらないスタイルのワイン造り)。


マガーリ
私はマガーリの方が好きです。
昔買った時と比べて、値段が上がってますね。(´`;)
3000円くらいで買ったような気がするんですけど、人気が出てくるとこうなんですよね。(><)

今度はバルバレスコ村に殴りこみワイン飲みに行くぞ?と、ちょっとだけ思うのでした。


ネッビオーロ
ネッビオーロ
この写真は、ワイン組合(だと思う)のブドウ収穫風景です。
ネッビオーロ(Nebbiolo)というブドウは霧(ネッビア:Nebbia)の出る時期、ちょうど私が訪問した時期くらいに収穫することからこう呼ばれています。
(普通のブドウは8月下旬?9月頃に収穫することが多いようです。)
ことわって、1粒貰いましたが、糖分が乗っていてとても美味しかったです。(バローロの味がしましたよ。)
この糖分がアルコールになって、アルコールに歌碑や種子からの成分が溶出してきて、樽熟成で樽のタンニンとかアロマが入ってきて、バローロになるんだなーと思うと楽しい気分になりました。
(ワイン用のブドウっは、生で食べても美味しくないものが、結構有ります。)


それではまた、アルバに戻ります。


2006年10月07日 バローロ 


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アスティからアルバ(Alba)へ向かう電車は1両編成のディーゼル車。
所要時間は40分くらいで、1時間?2時間に1本くらいの頻度で電車は有ります。(土日、祝日は本数が減ります)

アルバへの電車

各駅停車(単線だったと思います)でガタゴト揺られ、着いたアルバは・・・

小雨のぱらつく空模様となっておりました。
幸先は良くないのかな?

小雨のアルバ
小雨模様のアルバ

駅員さんに街の中心までの行き方を聞き、街を歩いていると
発見しました。
タルトゥーフォ・ビアンコ(Tartufo bianco)です。
アルバの白トリュフ

アルバ中心街
トリュフ市が開かれていることもあって、人通りは多く、右側通行が一応のルールのようです。

人が多いとゆっくりしか進めないので、ちょっと疲れます。

アルバのポルチーニ(大)
アスティで今朝見たポルチーニより大きいのが有りました。
ポルチーニでも結構いいお値段がします。
(自分で買うことはないので見てるだけ。)

トリュフ市
そして、いよいよトリュフ市へ潜入。
入場料は1ユーロです。

トリュフ市
会場には、トリュフだけではなく、ワイン、サラミ、チーズなどのブースも有り、夫々試飲、試食が出来ます。
この写真は有料試飲のスペースです。
(バローロ、バルバレスコなどもグラス1杯から飲めます。)

トリュフ市
トリュフを売る人達。100g4万円、5万円の世界です。
とても、手が出ません。。。。。

5ユーロのワイングラス
因みに5ユーロ払うとワイングラスが貰えて、ワイン飲み放題です。
スプマンテ、グラッパなどのワイングラス無しでも試飲させてくれるブースも有りますが、殆どはマイグラスに注いで貰うシステムです。
ワイングラスは持って帰れますので、実は結構お得ですなのです。
私は、割れ物なんて持って歩けないので、会場を出る前に返却しちゃいましたけどね。


安く食べられるかなーと期待していたタルトゥーフォ・ビアンコですが、パスタ1皿で20ユーロでございます。

「うーーーん、これはちょっと高い?。
 また、機会は有るだろうから。」今回は見送りました。
この判断が良かったのか、悪かったのかは分かりません。

そんなわけで、私は各ブースの試食品を食べ、ワインを飲み、昼食代わりにしたのでした。

会場に1歩足を踏み入れた私の鼻についたのは、硫黄のような臭気でした。
最初は近くで匂いを嗅いだら、「うっ」と咽たくらいです。


変わったものとしては、トリュフ入りのグラッパなんてのもありました。これは香りがきつくて、ちょっと飲みにくかったです。
他にも、トリュフを練りこんだ生パスタ(火を通してないラビオリです)も販売されていました。
これは、なかなかいけました。
いままで、こんな食べ方したことありませんから新鮮な経験です。


黒トリュフ入りパスタソース黒トリュフ入りのパスタソース。
トリュフがどんなものかなーって知るには、お手頃です。


ラビオリ トリュフ風味
生のトリュフ風味のラビオリは見つかりませんでしたが、冷凍のラビオリが有りました。ちょっとお試しするくらいには良いかなーと思います。


最初は気になった白トリュフの臭いも、長時間会場に居るうちに、鼻が麻痺してきたのか気にならなくなりました。
10種類以上は飲んだので、アルコールの効果で嗅覚が麻痺してたのかもしれませんね。( ̄. ̄;)



白トリュフの試食は流石にありませんが、トリュフのぺースとは試食できたので幾つか食べ比べてみました。
経済的な私は、白トリュフのペーストより黒トリュフのの方が私の好みでした。


黒トリュフのペースト
会場では、黒トリュフや白トリュフのペーストをパンにつけたものが試食できます。(小さいです)


他に試食して気に入ったのはゴルゴンゾーラ・ピッカンテ(アオカビチーズ)です。日本のチーズに慣れているとちょっと辛いと感じる人も有るでしょう。
アオカビ特有の癖も有ります。
でも、私の口には合いました。
ワインによく合うチーズだと思います。(酒は進みます)


ゴルゴンゾーラ・ピッカンテ


スライスした白トリュフは、口に出来なかったものの、
トリュフがどんなものか知らなかった私には良い経験だったと思います。



そして私は更なる冒険へ出掛けるのでした。
(バローロに行っちゃいます。)


2006年10月07日 アルバ 1




アスティの朝



アスティの宿、朝食はシンプルです。
イタリア全般的ですが、朝食は簡単なものです。
パン(殆どのものが甘い)とコーヒーやジュース
以上

となるのです。
日本のように、ご飯があて、味噌汁があってってことは無いのです。

ほんと簡単なものなので、
日本人には物足りない?ものでしょうか。

アスティ朝食
ビスコッティと自家製りんごのジャム、コーヒー、ミルク

今日は、ある場所に行く日です。
その為に、スケジュールを調整しました。
香り高い、高級食材、その名はタルトゥーフォ・ビアンコ(Tartufo Bianco)です。


白トリュフ
こういうペーストじゃなくて、固体で原形の分かる白トリュフ(Trutufo Bianco)を安く食べられたらーと期待に胸を膨らませるので、ちょっとそわそわしてました。

食事が済んだら、直に駅まで送ってもらうことになっています。
私は、電車に乗る予定の時間よりも、少し早い時刻を言ってあるので、時間に余裕が有ります。(ちゃんとイタリア故の計算をしてます。)

そんな、少しの空き時間にアスティ(Asti)の街を散歩です。

アスティ
ワインの産地アスティらしいモニュメント

アスティ

アスティ
この時期(秋)ならではのポルチーニが籠に入って売られています。

アスティ


アスティ
駅へと続く地下道。

そして、私はアルバに向かいます。



2006年10月07日




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「 Pronto , Ciao sono raffaello .」

宿泊先に電話をかけ、今からトリノ発の電車に乗ること、アスティ(Asti)に着く大体の時間とを伝えました。

 この電話は、宿泊先までは駅から遠いので、迎えに来てもらうための連絡なのです。
電話ではアスティに着いたら、また連絡してくれと言われました。

 到着時刻が分かっていれば、その時間までに行って待っていれば良さそうに思いますが、時刻表通りに電車が到着するのはまれなイタリア。
 着いてから連絡した方が確実なんでしょう。 トリノ?アスティ間は電車で40?60分前後、間隔は1時間に1本くらいです。
 ローカル線に揺られての短い電車の旅です。

流石の私も汗かいて、ちょっと疲れました。
車窓を流れる風景は、だんだん寂しくなっていきます。
 無人駅も通過したので、アスティの駅もこんなだったら、寂しいなーと思いながらボーっとしていました。

車内に人は、そんなに多くはありません。
 私の近くにには、ドイツ人のおじさんが座っていました。
 何故ドイツ人と分かるか?
 勘です。
 
いえいえ、話しかけられたからです。
ドイツ語でね。 当然私はドイツ語良く分かりません。(昔取ってたのに)
「?」って顔をしてたら、腕を指す仕草をしたので、時間を教えて欲しいんだなと分かり、「17時30分」とイタリア語か英語かで言いましたが通じなかったんで、時計を腕に付けたまま見せると、見えにくかったらしく腕をちょっと捻られました。 (痛いやんか)

まあ、こんなことを車内でしながらアスティの駅に着いたのでした。

駅から出ると私はとりあえず電話です。
 「今着いたから、迎えに来てね。」と言う私に 「15分後に着くから、そこで待ってて。
D'ccordo ?」と言う回答。

「Si. D'ccordo .」と適当に返事したものの、D'accordo(ダッコルド)が思い出せなくて思わず辞書を引いてしまいました。
「なーんだ。賛成!とか分かったって意味やん。」(忘れるのは早いです。

  アスティ
    駅前です。暇だったからウロウロしてました。

       アスティ駅前
バスのショーペロ(ストライキ)のことが書いてありました。


アスティ地図
            駅のそばに有る地図です。



たかが15分、されど15分。
 何もすることが無い。
 私の目に入るのは、駅前の噴水。
 何故かそこで手を洗いたくなりました。
 下から吹き上げる噴水に両手を曝して、冷たい水を感じる。 同じ電車に乗っていたドイツ人のおじさんに「ブラーボ」って言われちゃいましたよ。
 アスティ噴水
               駅前の噴水です。



 お迎えが来たのは、30分か40分後のことです。
 「道が混んでてね。」 まあ、これは仕方ありません。
 そこから車に乗り込み、宿泊先へ向かいます。
 思っていたより郊外に有ったので、お迎え頼んで正解でした。

 市街地を抜けるまでは渋滞で進みが悪く、30分くらい。
 「空いてたら、15分で着くんだけどねー。」というのは納得です。

 周りは木と畑(アグリツーリズモ)、初めて泊まるタイプの宿です。 この日だけは食事を付けていたので、部屋に荷物を置いて暫くしたら食堂で夕食です。 アスティの夕食
プリモのパスタは何だったか忘れました。(ラビオリだった気がします)
写真はセコンド鶏肉とジャガイモと豆を一緒に煮込んだ料理。
ワインはバルベーラの味を憶えています。

疲れていたのか、ワイン残してしまいました。(いつもは飲み干すのに)
部屋に帰ってシャワーを浴びたら、お休みなさい?。

アスティの夜は更けていくのでした。


2006年10月06日



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この日はミラノからアスティへ拠点を移す予定の日。
でも、ただ移動するだけじゃつまらないもので、私はトリノへの寄り道をスケジュールの中に組み込んでおきました。

時刻表を調べ、Carnate Usmate 7:45→Milano centrale 8:12
Milano centrale 8:18 → Torino porta nuova 10:10という移動。


しかしながら、これは実現しませんでした。
最初の移動の電車が遅れたのです。
「乗り継ぎの電車30分くらい遅れてくれ?。」と言う祈りも空しく乗る予定だった電車は定刻で出てしまってました。
_| ̄|○

「なんで待ってくれいんだ?。」

おかげで次の電車は2時間後・・・。
私の計画は大いに狂ってしまったのでした。


ここはイタリアなのです。
のんびり生きましょう。

さて、そんなトラブルでトリノ到着はお昼頃になってしまい、見るものを絞らないといけなくなっちゃいました。

そこで、私は中心街とは反対方向にある自動車博物館(Museo dell'Automobil)に狙いを定め、時間が余れば他も見よう作戦に切り替えたのでした。

トリノの駅構内、電車降りて直ぐの所に観光案内のブースが有り、私は地図を入手する予定でした。


が、英語を喋るガイコクジンの女の子達が、窓口でずーーーーーーーーーーーっと、ホテルのことやら長々とお話してくれていたので、私は待ってられなくなってその場を後にしました。


トリノ市内
トリノ市内
トリノの街。中心街とは反対に向かっています。

ポー川
ポー川の周りはのどかな雰囲気


自動車博物館(Museo dell'Automobile)へは、場所が良く分かっていないものの大した距離じゃないだろうと思い歩いていたのです。背中には大きなリュック。そして、コートを身にまとって。

途中何度も人に道を聞きました。
「えっ、歩くの?遠いよ。」と何人かに言われましたが、距離感が分からないし、兎に角歩きました。

ポー川沿いの景色が見たくて、川沿いを歩いたから余計に遠回りだったのかも知れません。


そしてやっと着いたのがこちらです。
汗だくです。
自動車博物館
近くに病院が有って、それを超えると直です。

自動車博物館入り口付近
これはゲート入り口付近の展示です。


自動車博物館1階
1階の展示

自動車博物館1階
こんな車もおもちゃみたいで可愛いですが、事故したら大変でしょうね。

自動車博物館1階
近未来型の設計。ランチャだったと思います。


シューマッハ
2階はレーシングカーが多くて、これはシューマッハのマシン。

自動車博物館2階
スターティンググリットに並んでいるようなマシン達。

フェッラーリ中国バーション
フェラーリ中国バージョンです。
漢字で何やら書いてました。

自動車博物館2階
クラシックカーがズラッと並んでいます。

フィアットのポスター
私はこういった昔のポスターが好きです。
車より熱心に見てることもあります。

他にもタイヤの展示、1階にはショップ、2階(3階だったかも)にカフェがあります。

結局どれくらい距離があったのかというと、私の体感では駅から2kmくらい。

帰りはバスに乗ろうと思ってバールで切符を買いましたが、待てど暮らせど、バスは来ず、結局時間が迫ってきたので歩いて駅まで帰ることになってしまいました。
バールでビチェリン(Bicerin)と言うトリノ名物の飲み物を飲もうと思いましたが、何所にでも有るわけではなくて、飲めませんでした。
そして、時間が無かったから食事もしてないような気がします。
_| ̄|○


まったくもって、この日の私は踏んだり蹴ったり。

トリノの駅に辿り着いたら宿泊先に電話を入れ、アスティに着いたらまた連絡すると約束し電車に乗り込むのでした。

アスティへ続く・・・

2006年10月6日 トリノ(Torino)


自動車博物館(Museo dell'Automobile "Carlo Biscaretti di Ruffia")

正式名称が長ーいのはフィアットの創業者の一人ロベルト・ビスカレッティ・ルフィアの息子カルロ・ビスカレッティ・ルフィア氏がここの博物館を作るのに尽力したからです。

Corso Unita d'Italia 40, 10126 Torino
料金:5.50euro(カード使えます)
火曜?日曜日 10:00?18:30開館
月曜休館





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トリノのチョコレート ジャンドゥーヤ


マードレ島(Isola Madre)はかつてサン・ヴィットーレ島(Isola San

Vittore)と呼ばれており、そして、その後(successivamente)、

マッジョーレ島(Isola Maggiore)と呼ばれていました。

島は、宮殿と広大な庭、小さな教会、はっきりと確認はしませんでした

がリストランテらしき建物が1つといった構成。

 全長330m、幅220mでペスカトーレ島よりは広いです。

 この島の見所は、宮殿と広い庭です。 というか他には何もありません。


 宮殿内部はボッロメオ家のコレクションしたアンティークドールや、

人形劇用の舞台などが展示されています。



 私は人形が好きではないのですよ。

 「だるまさんがころんだ。」と振り返ったら

微妙に動いてそうな気がしませんか?


目線をずらしておいて、不意に戻したら目が合っちゃった・・・




夜中、寝てたら寝苦しい。

 息苦しい。

「ひょっとしたら。」

 恐る恐る目を開けると固い指先が首筋に・・・

と私は考えてしまうのです。


 アンティークドールだけではなく、当時の衣装を身にまとった

人形もお出迎えしてくれますので、嬉しいかぎりです。


マードレ島
                     船上から見るマードレ島

マードレ島マードレ島
随分と近づきました。                上に見えるのが、ボッロメオ家の宮殿です。

マードレ島マードレ島
船は出てしまいました。                  庭園の階段                  

マードレ島マードレ島マードレ島マードレ島マードレ島 マードレ島
  きれいな鳥が放し飼いです。

マードレ島マードレ島
                 庭         写真は小さいですが、このススキ大きいですよ。   
マードレ島マードレ島
                                  小さな教会

マードレ島マードレ島


マードレ島マードレ島
マードレ島マードレ島
マードレ島マードレ島
マードレ島マードレ島
          庭は南国を感じさせる珍しい植物が一杯です。


マードレ島
船着場付近の壁に生えてるサボテンです。オレンジ色に見えるのがサボテンの実
これは食べても美味しくないでしょうけど、サボテンの実は食べられます。


マードレ島
                    船の上から、さようなら

さて、マードレ島(宮殿と庭の入場料)とベッラ島(宮殿と庭の入場料)には共通券てのがありまして、2つ併せて15ユーロくらいでした。

料金は高いので、入るかどうかは写真見て決めておくことをお勧めします。



関連情報
マードレ島、宮殿内部写真(ここのページに数枚あります。)
 マードレ島航空写真
ついでにベッラ島航空写真

おしまい

2006年10月5日 ストレーザ(Stresa) 5



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ベッラ島の北西に位置するのがスペリオーレ島(Isola Superiore)、通称ペスカトーリ島(Isola Pescatori)が有ります。

そのまま「ズバリ言うわよ!」と占い師は言わないでしょうが、漁師のシマです。

Pesce:魚
Pesca:魚釣り、(桃と言う意味も有りますが、今回は湖の上なんで漁をしてる気分になって下さい)
Pescatore:漁師、(?tore:?する人、漁師さんも一人じゃ寂しいってことで、島は複数の漁師さんでごった返して
いたと想像して、「あっ、ペスカトーリ島(Isola Pescatori)なんだなー。」と無理やりイメージを膨らませて下さい。)

もう一つのSperioreは、上のとか高いとか言う意味ですので、ベッラ島より地図で上だからかなーと思います。
間違ってたら、ここの部分は見なかったことにして下さい。

まあ、そんなわけでここにはボッロメファミリーの痕跡が伺えません。
私は島の端から端まで隈なく歩きましたので、間違いないでしょう。

この島に有るのは、お土産物屋さん、リストランテ、トラットリア、ホテル、小さな教会、一般の家、まあこんな所です。
15分か20分で一回りできてしまいます。
長さ350m、幅100mですから船着場から島の反対側まで100m競争が出来るか出来ないかの狭さです。

ここでの時間配分はかなり短めにすることをお勧めしますよ。
どうしても時間調整が上手く出来ない時は、お昼ご飯をここで食べて調整するぐらいでいいんじゃないのかなと思います。
(私がそうしただけです。)

ペスカトーレ島

島の全景

Isola_Pescatori

「間もなく船はペスカトーリ島にt到着致します。
お忘れ物などございませんように、お手回り品には十分お気を付け下さいませ。」とのアナウンスは無かったと思いますので、忘れ物しないようにお気を付け下さい。

Isola_Pescatori

?キャンプファイヤーに使うのか?
?釣った魚を焼くのに使うのか?
?遭難した時の狼煙?
上の何れでもないでしょうが、気になるので、使用目的を日本語で私に送ってもらいたいもんです。

Isola_Pescatori

船着場の反対側くらいです。
人気が無いのでチョッピリ寂しい風景です。

Isola_Pescatori

島では比較的高い場所。

Isola_Pescatori

これはリストランテですが、樽とベンチがくつろいで下さいと言ってる様に感じました。
聞こえません?

chiesa_Isola_Pescatori

この教会が島で一番高い建物です。

浮き輪

家の外には浮き輪が有ります。
これなら、大雨が降って家が水没しても安心ですね。

Isola_Pescatori

島の先端のちょっとした広場です。
住民憩いの場でしょうね。

Isola_Pescatori

薪が積んであります。何所からとって来たのか気になるところです。


Isola_Pescatori

船着場の柱に船の行き先と時刻が表示されます。
係員が時計の針を手で動かしてます。時計じゃないので気を付けましょうね。

注意!:時刻表が有るには有りますが、その日の天候や乗組員の気分?でスケジュールは変わるようです。船を下りた時に次に乗る船時刻を確かめておきましょう。でないと船が無くなって白タクならぬ、水上タクシー雇うことになっちゃいますよ。




マードレ島へ続く・・・



2006年10月5日 ストレーザ(Stresa) 4

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ボッロメオ(Borromeo)家の最大のシマ
その名はベッラ島(Isola Bella)。
まあ、とりあえず上陸して下さい。
ベッラ島

船から見上げるベッラ島の庭

ベッラ島

大きな建物はボッロメオさんの宮殿(Palazzo Borromeo)です。


ベッラ島

いよいよ上陸。
桟橋に見えるのは・・・
(ただの係員です)

ベッラ島

ベッラ島

こういうパラソル見るとリゾート気分になります。
これがボッロメオのですので、気をつけましょう。

ベッラ島の狭い道

だから言ったのに、「人がすれ違うのがやっとの通り。」を超える、
「人が横向きになってやっと通れる通り。」に追い込まれしまいましたよ。

ベッラ島の砲台

「あああっ、もーう。
だから言ったのに砲台にまで追いやられてしまったじゃないですか。」
でも、安心して下さい。
フラダンスでも踊りながら近づけば、砲撃されない筈ですから。

ベッラ島の地図

シマの地図。
庭が広いですねー。(地図下、黒塗り部分が宮殿、赤塗り部分が庭です。)
宮殿の方は撮影禁止なので、写真がありません。
(宮殿内部にはカラッチ等、有名な画家の絵、ムッソリーニが会議に使った部屋、ナポレオンが泊まった部屋なんかがありますよ。)

ベッラ島の庭

建物を出た所

ベッラ島の庭



ベッラ島の庭

このシマを仕切る白い孔雀。
安全にこのシマから出られるように挨拶はしておきましょう。
庭には二羽鶏がいない。
孔雀が一杯居ます。

ベッラ島の庭

ほんと変わったお庭です。




画像「ベッラ島上陸作戦」
厳しい作戦なので、みんな無口です。(正反対)


ペスカトーリ(複数形でした)島へ続く・・・


宮殿内部の写真



2006年10月5日 ストレーザ(Stresa) 3

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