イタリア旅行マニア
イタリア旅行マニア(Italia Mani@ravel)

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イタリア旅行マニアのイタリア旅行記。 ミラノ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマ、それだけがイタリアではありません。

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プロフィール

Author:らふぁえろ
イタリア渡航暦
1999年12月
2000年春、冬
2003年冬
2004年春、冬
2006年は9月27?12月25日

イタリア各地を旅をして、街歩きを楽しみ、
絵画・彫刻を鑑賞していたら、
教会オタク(?)のようになってきました


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TOP > 2007年11月

2007年10月12日フィレンツェ→ヴェローナ←2007年の日記です。


ホイリゲ(heurige)とは、「今年」を意味するドイツ語ホイヤーからが語源となっている言葉で

今年のワインを供するお店と言うのが本来の意味です。

造り酒屋がセルフサービス形式の食べ物も出してワイン酒場と言えば、しっくりくるでしょうか。

兎に角ワインが飲めれば良いのです。(笑)

そんなわけで、私が訪れたのはウィーン在住の友達に教えてもらったお店Wieninger(ウィーニンガー)

教えて貰った行き方をそのまま書きますと、ウィーン・ミッテ駅からSバーンで北に向かってFloridsdrf(フローリツドルフ)まで

そこから、31番のトラムに乗って終点Stammersdorfで降りる。

流れに沿って歩いて行くとStammersdorfer strと言う通りに出るので、その通りをトラムの駅を背にして左に約5分進んで行くと

78番地がそのお店。

入れなければ、もうちょっと歩いて118番地にもホイリゲが有るということでした。

人に道を聞かなくても、何となく行けそうな予感がしました。

ホテルからウィーン・ミッテ駅まで行くのに多少間違えて反対方向の電車に乗ったりしたものの、

他は問題無く、すんなり目的地に到着しました。

ウィーンのSバーン
Sバーンの車中

15時から営業してると聞いていたので、到着した16時過ぎはちょっと早いかなと思う時間帯でしたが、

既に客の入りは6割程度。

「一人だけど、空いてますか?」と

店に入って聞いてみると、18時からは予約が入ってるので18時までなら席は空いてるということでしたので、

さっそく席に着きました。

写真は2枚しか撮って無いので(もっと撮った気はしますが、データが消えたみたいです。)お店の様子などは、

K-chanの記事を見て下さい。

私がなんでわざわざイタリアからウィーンまでやって来たかと言いますと、シュトゥルム(濁り酒)を飲んでみたかったからです。

シュトゥルムと言うのは、ぶどうを絞ってワインを造る途中の段階の飲み物のことで、

ぶどうの甘味が残ってるアルコール度数の低いワインと言ったところでしょうか。

まだ発酵の途中段階なので、ジュースのように飲めます。(日本酒も醸造途中で頂くと、未発酵の糖が残っていて僅かに発砲していますので、少し感じが似ています。味は違いますけどね。)

と言ってもアルコール飲料なので飲み過ぎには注意です。


ふと、日本の造り酒屋を訪れた時のことを思い出してしまった1杯目のシュトゥルム(白)。

続いて白ワイン、赤ワインとグラスで頂きほろ酔いでいい気分。

もう1,2杯飲みたいけれど、20時からコンサートが有るので、ワインはこれくらいに。

ウィーンのホイリゲ
ウィーンのホイリゲ2
食べ物は、プレッツェルと豚肉のローストと何か忘れたけど美味しかった料理。
肉なら欲しいだけ、切って貰って100gで幾らという計算です。
自分の食べる量を調節できるので、レストランで食べるより無駄がないかも知れませんね。


さて、こんな感じでホイリゲを満喫した私は、一路コンサート会場を目指すのでした。

店の人に聞いて、トラムを乗り継ぎ最寄駅に着いたのは19時をちょっと過ぎたころ。

場所は早いもの順、会場は19時半から開いているとのことでしたので、「ちょっと暗いなー。」と思いつつも

王宮の庭園を歩いていました。


ウィーンの夜
彷徨っていた庭、ちょっと暗いです。

「普通ならもうちょっと明るいんじゃない?」「やっぱり、怪しいおじさんに騙された?」

時刻が19時半を過ぎ刻々と開演が近付いてくると焦りも出てきます。

じっとしていても分らないので近くを通りかかった地元の人を捕まえて、

「コンサートに行きたいんだけど、会場が分からなくて。。。。」と尋ねてみました。

そして、チケットとパンフレットを見せると、「ああっ、この反対側だよ。」と教えてくれました。

ウィーンのコンサートチケット
モーツァルトコンサートのチケットとパンフレット


私が昼間散歩していた建物を越えた(500mくらい歩いたと思います。)方から入るんだそうです。

ウィーンの王宮
こっちがコンサート会場入り口

もうちょっと早く気付くべきでした。(^^;)

会場探しに以外と手間取ってしまい、コンサート会場に入ってみると残念ながら前の方は埋まっていて

後方にしか席が空いてませんでした。

「ああぁ仕方がないか。」と思って手近の席に座って顔をあげると、

「ああああっ!!」

私がチケットを買った怪しいおじさんじゃありませんか。

「来たね。」とニッコリ笑うおじさんは、昼間とは違う衣装でした。

「騙された。」と思って買ったチケット十分ネタになりました。(笑)

前振りの長いコンサートでしたが、これが結構面白く、ウィーンに住んでいたら月1,2回くらい

来たいなと思う内容でした。




定刻に始まり、定刻にはしっかり終わる。

時間にはキッチリしてるのがゲルマン系なのか?

(イタリアだと30分くらいは遅れるんですけどね。)

観客もしっかり定刻に席を立ち始めました。(笑)

さすがオーストリア帝国(定刻)



でも、ただ1つ気に入らないことはコンサート会場の天井の色がオレンジなこと。

なんでオレンジ色なんだーーーーーーー!と思ったのは私だけなのでしょうか。

ウィーンの王宮コンサート会場
コンサート会場はオレンジの天井

このコンサート私の他にも日本人が来ていましたので、他の人の意見も聞いてみたいものです。

コンサートが終わってから、電車を乗り継ぎホテルに帰ったのは23時。

昼寝をしたのが悪かったのか、なかなか寝付けずに良く分からないドイツ語のテレビ番組を3時頃まで見てしまうのでした。


2006年10月21日ウィーン その3

つづく
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ウィーンその2

2007年10月11日ピサ←今年の日記です。こっちのリンクで見て下さいませ。


先ずは、ヴァイオリンの演奏から入りましょう。
ここはウィーンですから。


これはウィーンの街中でヴァイオリンの演奏をしていたので録りました。
外での演奏だから、音としてはそんなに大したことはなかったんですけど、音楽の都なのかなーという印象を受けました。
街の雰囲気が、やっぱりイタリアとは違いますね。

ウィーンの教会
ペーター教会
そして教会も雰囲気が違います。
ヴェルヴェデーレ宮殿の設計者がこの教会も設計したそうです。

ウィーンの馬
観光用の馬車。
イタリアより似合ってるかな?


ウィーンのインフォメーション
ウィーン市内のインフォメーション、ホテルの予約はこちらでしました。
イタリアと違ってTOURIST INFOという表記になってます。
駅にもインフォメーションは有りますが、ホテルの予約はこちらでないとできないということでした。

「ホテルはなるべく安い所で!」とお願いしたので、場所はどちらかと言うとシェーンブル宮殿の方に近くなってしまいました。
「こんなことなら、オペラのチケット買うんだったなー。」
と思ったところで既に遅いので、コンサート会場となる王宮を軽く散策です。


ウィーンの宮殿

ウィーンの宮殿2

ウィーンの宮殿3

ウィーンの宮殿4
と、
こんな感じで、結構広いのです。(^^;)
ここのどこかで、コンサートなんだなーと気楽に考えて庭をお散歩。
ドイツや、オーストリアって建物が上に高いし、道は広いし、なんだか自分の体が縮んだのかと錯覚することもあります。

それに、目的地までの距離も遠く感じるし、ゴチャゴチャといろいろ有るイタリアの方が私は落ち着いてしまいますね。
お犬様の落とし物を目にしないというのは、素晴らしいことなんですが、街を歩いているとちょっと物足りないのは、私がイタリアマニアだからなのかな?

モーツァルトの像
そんなことを考えながら庭を散歩していると、モーツァルト先生に遭遇しました。
「先生、今夜は楽しい音楽聞かせて下さい。」

これで一応、会場の下見は終わった気になった私は、インフォメーションで教えられた通りのバスに乗ってホテルに向かうのでした。
バスの運ちゃんには、ホテルの名前を言っておいたので、ホテルの近くに来ると声掛けて下してくれました。
「ダンケ・シェーン」と覚えている数少ないドイツ語で礼を言って、バスを降りた私でしたが、ホテルが直ぐに分りませんでした。(入口付近で工事してました。)

そしたら、近所に住んでいるんであろう女の人が寄って来て場所を教えてくれました。
英語で教えてくれたので、お礼が「Thank you.」になってしまいました。(>_<)
使い慣れない言葉は、なかなか出てこないですねー。

そんなわけで、泊まったホテルは、.....分らなくなってしまいました。
ツーリスト・インフォメーションで予約したのでレシートが無いのです。すいません。
ホテルバウチャーを発行して貰って、それをホテルに渡すと、あら不思議手元に何も残っていません。(オーストリアはパスポート要らないようです。)。

部屋は結構奇麗で、窓からは中庭が見えて静かで落ち着いた雰囲気。

電車ではあまり熟睡できなかったので、部屋に着くと1時間くらい寝てしまいました。(-_-;)
ウィーンのホテル

こちらはバスルーム。
トイレだけが部屋の外です。
ウィーンのホテル2

ウィーンのホテル3
ホテルの廊下

ホテルでひと眠りした後は、友達に教えてもらった、ホイリゲに向かうのでした。
コンサートはその後です。


2006年10月21日ウィーン その2

つづく
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ウィーン到着


2007年10月10日関空発、パリ経由でピサへ
(ここに2007年のイタリア旅行を更新していきます。去年分書き終わったら、こっちに清書しますので宜しくお願いします。)

ヴェネツィア→ウディネ→トリエステ→ヴェネツィア(ヴェネツィアからの大移動5)の続きです。

ウィーンへなぜ来たのか?
もちろん気まぐれです。
モーツァルト生誕250周年とか耳にしていたのも少しくらいは影響あったかもしれませんが、
ほんと大した理由は有りません。
電車に乗って国境を越えてみたかった。

私が訪れる都市の中でそれが出来て、訪問先として行ってみたい所。
あまりメジャーでは無いけど、オーストリアのワインも美味しいよと友達から聞いたこと。
ホイリゲなる気になる存在もあったこと。
くらいです。

他に候補地としてはドイツのシュツットガルドとか有ったんですけど、ドイツは他にも行きたい所が有るから今度まとめて回ることにしました。

さて、そんなこんなで決めたウィーンですが、駅に降り立った時からイタリアとは雰囲気が変わります。

ウィーン駅
ウィーンの駅
ローマやフィレンツェ、ミラノといったイタリアの大きな駅と比べて混んでないのが良いです。


駅から街の中心部へ歩いて行くと真っ先に目にする大きな建物はこのヴェルヴェデーレ宮殿だと思います。
ウィーン ヴェルヴェデーレ宮殿
ウィーン2 ヴェルヴェデーレ宮殿
ヴェルヴェデーレ宮殿
ここは美術館が有りますが、私が来た時はまだ早い時間帯なので開いてませんでした。
クリムトの絵なんかが展示されてるようです。

ウィーン3 ヴェルヴェデーレ宮殿

ヴェルヴェデーレ宮殿の庭
とっても広いです。
端まで500mは有るんじゃないでしょうか。
私はこの庭で、昨日買っておいたパニーノを朝食にかじりました。(^^)
天気が良いと気分が良いですよ。


そして、ウィーンの中心部に来た時でした。
私は怪しい男に出くわしました。

見るからに他とは一線を画した風貌なのです。

この男はタダものでは無い。
私の勘はそう告げました。

思った通りでした。
男は私に近寄ると、

「にぃちゃん、チケットかわへんか。
 オペラのチケットやで。
 公演日は今日で、場所はシェーブル宮殿やねん。
 ええと思うんやけどなー。」

とは言いませんでしたが(笑)、
「オペラのコンサートのチケット買わないか?」と声をかけられました。
場所がシェーンブル宮殿だったので
「ここから遠いので嫌。」
と断りました。

すると、その男は別の男を連れて来ました。
仕切り役かなと思える男は、
「市内中心部の王宮でも、クラシックのコンサートが有るんだ。ここのすぐ近く。」

路上でチケット売ってるって怪しいなーと思いつつ、
騙されてもネタにできると思って、私は乗ってみることにしました。
「O.K。いくら?」
「35ユーロ。」
「カードでいける?」
「ああ、もちろん。」

私は、久しぶりに見た、ガリガリっとカードを刷ってカード情報を印字する手法で作られたレシートにサインをしました。
(こんなことするの何年ぶりでしょうか)

「20時に公演は開始、席は自由で早い者順。19時から会場は開くからね。」
ということでした。


ウィーンのチケット売り
写真中央がチケットを売っていた人。


シュテファン寺院
ゴシック様式のシュテファン寺院
シュテファン寺院内部
この祭壇を近くで見たかったんですが、ちょうどミサの最中で観光客は奥まで入れて貰えませんでした。

この後、観光案内所に行ってホテルを予約して、とりあえず荷物を置きに向かいました。
予約手数料は2.9ユーロでした。

2006年10月21日ウィーン その1

つづく

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本当は、1日前の2007年11月5日の朝に関空に帰ってくる予定だったのですが・・・・・

Firenze → Pari の飛行機が遅れてパリ泊が強制執行されてしまい、1日遅れの帰国となりました。

メカニカルトラブルだったか、テクニカルトラブルというアナウンスがあり、2、30分くらいは機内で待機したのですが
、空港スタッフが乗り込んできていろいろ処置しても直ぐには問題は解決せずに出発ロビーに戻されました。。。

フィレンツェの空港はショボイ、小さい、大したものが無いの3拍子揃った素晴らしい空港(笑)ですので、
待たされてもすることが無いのですよね。

この日の乗り継ぎ時間は、1時間20分

イタリアに来る時も、これくらいの乗り継ぎ時間しかなく、空港内を小走りで移動しました。
関空からパリへの便が3、40分ほど遅れたからです。

幸い?パリ→ピサの便も出発が30分以上遅れてたので、走らなくても間に合ったのですが
走ってちょっと汗までかいた自分がバカらしくも思えました。


以上の経験から、ターミナルの移動に10分15分かかるのは分かっていますし、
手荷物検査もあるしと、頭の中で計算すると40?50分はゆとりが欲しいわけです。(走って汗かきたくないです。)


11時半を超えたくらいだったでしょうか(パリの便が遅れていても、間に合わない時間)、
食事券が発券され、食べ物1品、飲み物1品をBAR(バール)で摂れということでした。
 でも、バールに有るものといったら、パニーノかピッツェッテくらいです。(もうちょいマシなものが食べたいですよね。)


結局10時15分フライト予定が、何度か訂正が有り機内に移動したのが13時頃、パリに到着したのが15時過ぎ。
乗り継ぎの便は、もう出てしまっているから、預けた荷物積み込まれてません。

ということは、パリで一旦降ろされるのかなーと思って待っていても、一向に出てこない。(無駄に待ってしまいました。)

仕方が無いので、Transfarと表示のあるカウンターに並んで、乗り継ぎの手続きをすると、
予想通り翌日の便に振替されました。

ここまでは、まあ良かったのですが、ここからが私にとっては望んでもいないものでした。
頼んでもいないのにホテルのチケットが航空券と一緒に手渡されたのです。(夕食、朝食付)

イタリアでの道中で、エール・フランスが手配するホテルは辺鄙な所にあるなんて聞いてはいましたが、
まさか自分もそれを経験することになるとは思いもしませんでした。

空港とホテル間はシャトルバスが出ているので、それで移動。
近い所が良いなーと思っていましたが、バスはどんどん寂しい地域に進んでいって、着いたのは
空港ターミナルから10分くらいの所にあるComfort Hotel Aeroport Charles de Gaulle(2つ星)に到着。

周りに何も無い。
ベットが柔らか過ぎです。
シャワー狭過ぎです。
インターネット高過ぎます。1時間10ユーロしかも日本語は読めない。(使ってません)


食事美味しくありません。(朝も夜もビュッフェ形式)
クロワッサンと洋ナシのタルトくらいしか口に合うものが有りませんでした。(>_<)
酷いなと思ったのは、端っこの方が乾燥で少し黄色く変色して硬くなった生ハムとか、
外側が焦げで固いのではなく、これもちょっと時間がたって乾燥して固くなった感じのローストビーフとか、
「はぁ?っ」と溜息が出るものばかり。
(証拠写真でも撮ってくれば良かったですが、不味いと思ったものを撮りたくはありませんでしたので撮ってません。)



なんでこんな扱い受けなきゃならないんだかなーと思いながら部屋に戻ると、脱力感からか私は直ぐに眠ってしまいました。


携帯電話の料金はイタリアを出る時に使い切ってしまっていたので、電波は通じるものの使えなかったのです。。。。。
ほんと隔離されて、軟禁されてるような気分でした。



食事は外で食べたいし、教会も2つ3つくらいは見たいし、なんて望みは打ち砕かれたパリの夜でした。
翌朝起きたのは8時頃。
市内まで出て観光しようなんて気分は完全に消え失せ、早く帰りたいなーと思うばかりになっていました。

美味しくない朝食を9時前に終え、9時のバスで空港へ。
することは特に無いので、早目に手荷物検査を済ませて、免税品でも漁ることにしました。

しかしながら、私には目ぼしいものは無く大して時間も潰せませんでした。
(イタリアよりも価格帯は少し高い感がありました。)

他は昨日掛け損なった電話をして、帰国が1日遅れることを伝えると、
もうすること無くなって、ただぼーっと飛行機の出発時刻を待つばかり。



さて、これが乗り込んでみるとこれがまた・・・でした。
私は窓側の席で、1つ空いて通路側に人が陣取っていました。
この人添乗員なんでしょうけど、眉間に皺寄せて、眉毛怒らせてる感じの40代くらいの女性で
私が自分の席に行くために「すいません。」というと面倒臭そうに、ムスッと立ち上がってくれるわけです。
この1列は私のものよとでも言わんかの如き態度でした。

私は好き好んで今日この便にのってるんじゃないのです。
昨日乗り継ぎができなかったので、仕方なくこの飛行機に乗っているのです。

エール・フランスもビジネスクラス、がら空き(私は一番最後に乗り込みましたので席を確認できたわけです。)
ならそっちに席取ってくれても良さそうなもんでしたが。。。。


まあ、こんなわけで私の2007年11月4日?11月6日までというのは楽しいものじゃ有りませんでした。

エール・フランスにクレームは言ってみます。
何らかの対応が有ればラッキーかなと思います。

今後の宿泊施設の変更やサービースの改善に期待したいですね。


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2007/11/01 Firenze yori


10/26(金) トリノ →アルバ   アルバ泊

Torino ha ame ka kumori . konohi ha Alba idou nomi desu .

Demo Nengan no Taltufo Bianco tabemashita !!

1sara 50 EURO deshitakedone . oishikattadesu . hisabisano 60 Euro goeno yuushoku deshita .

10/27 Alba → Neive → Barbaresco → Neive → Alba

konohiha haretanode 15,6 Km arukimashita .

Arukiga ookattanode Barbaresco taizaiha 30 pun kurai dattakamo shiremasen .

Neive de Romano Levi shino tokoro kengakushitekimashitayo .

10/28 Konohiha Sciopero !!!

shikatanaku Alba →Torino wo Bus idou . Torino kara Inter City de Bologna

he idoushitadake . Nanimo dekinai 1nichi deshita .(>_<)

10/29 Bologna → Pistoia → Firenze

Pistoia no Basilica ha nakanaka yokattadesu . Hokano Kyoukai ha aitemasendeshitaga ...

10/30-11/01 kyou made Firenze kougaino Villa ni tomatte Cantina to Olive Oil

no koujoukengaku ,Outlett meguri shitemashita .

chotto yugani sugoshimashitayo . Shashin ha anmari tottenaindesukedo .


soshite 11/02 asu ha ヴォルテッラ


11/03 モンテリッジョーニ

kaitakushitekimasu .

Jikaikoushin ha

11/04 asa kikoku nanode 11/05 niha nihon de kaerimashita tokuraikakimasu .



soredeha minasan CIAO CIAO.




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