イタリア旅行 アリタリア航空
カテゴリーだけ作ってその後何も書いてなかったので不審に思った方も居られるでしょうから、第一弾を書いてみたいと思います。
初めてのイタリア旅行時は1999年12月
「ああ今年で世界も滅びてしまうかもしれない。」という思いが心のどこかにあったのかもしれない私は、当時イタリアに留学していた従姉妹の伝を頼ってイタリアを旅行することに決めたのでした。
そのきっかけと言うのは、その年の5月に叔母の葬儀で従姉妹との再会からです。
外国に対する憧れはそれほど持っていなかったのですが、従姉妹が居るんならその伝を利用しない手は無いと、友人を無理やり引き込んでイタリア旅行を強行しました。
先ずは、旅行会社での航空券の手配からです。
従姉妹が住んでいたのはFirenzeでしたの、「関空からFirenze」で予約を取り後日お金を持って旅行会社に赴きました。
お金を支払い、航空券を確認したのですが、
関西空港−マルペンサ空港(ミラノ)
マルペンサ−
フローレンス・・・(゜0゜;)「目的地が、フローレンス・・・って誰?」
と突っ込みたくなる衝動を押さえ、目的地が違うと旅行会社の人に伝えました。
「いえ、英語表記ではフローレンス(スペルは忘れました)ですので心配ありませんよ。」とのことで一安心。
いきなり分けの分からない外国に送り飛ばされたら、どうなるのかと少しだけ焦ったのでした。
まあ、これはこれで
とりあえず一件落着。
「英語でフローレンスなんだ。女の子の名前みたいで可愛いですね。私はどこに売り飛ばされるのかと思っちゃいましたよ。」と冗談言えるほど海外慣れもしていなかったので、分からないことは少々恥ずかしくても質問したことも今となっては思い出の1シーンです。
「ああ、良かった。良かった。」
(ところがこのチケットは、それだけでは終わらせてくれないのでした。)関空−ミラノ間は問題無く順調なフライト。
当時アリタリア航空はDOCGのワインも置いていたので、それを友人と堪能して、眠れない機内でも、そこそこ快適に過ごしたのです。
そして、ミラノからフィレンツェへ。
ミラノから・・・
ミラノから今日飛べるの?
機体のトラブルが有った様子でも、滑走路が混んでいるというわけでも無いのに、バスが出ないのです。(小型機だった為、飛行機まではバス移動)
原因は
誰かを待ってあげていた様子でその人がバスに乗り込むとようやく飛行機まで移動となりました。(バスの中で1時間くらいは待ちました。)
そして、ようやく双発エンジンの小型機までバス移動。
タラップを登り、荷物を手荷物入れに仕舞い込み、座ろうとしたら・・・・
席が無いのです。。。。(@_@;)フライトアテンダントには「ちょっと待って」と言われ、立たされたまま。
友人とは「ダブルブッキングかな?」「吊革ないけど立ち乗り?」とふざけることも出来ましたが、1人だったら不安で仕方が無かったと思います。
「ひょっとしたら飛行機に乗れないんじゃないか。」「空港に迎えに来てくれてる筈の従姉妹には連絡取れないし・・・」「どうやってフィレンツェまで行ったらいいだろう。」
となっていたでしょう。
結局のところは、12列目Eと表示するべきところが、13列目E(存在しない席)と印刷されてだけだったのですけれどね。
こうしてようやく席に着くことを許され、
無事2時間程度遅れてフィレンツェに到着した私達黄門御一行はバスの無くなった空港から、かなり飛ばしてくれるタクシーに乗り込みフィレンツェ市内のホテルへと向かったのでありました。
今では、これらはトラブルとも感じませんし、「あっ、また一つネタ貰った。」くらいに考えてしまうのですが、「あの時こんなことで困ってねー。」なんてことは無いでしょうか?
もし、そんなネタをお持ちなら教えて下さい。
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席がないって思われて、一瞬焦りましたでしょう。
アリタリア・・・自分にもありました。
イタリアかの帰りの事です。ツアーで席の配置を聞いて、
お客さんに席を振り分けたて、実際に機内に入ったら
その席は存在してなく、何でも、機種が急に変更になったので
席番号も変ったのですって・・。(;^_^A
イタリアなら何でもありっ!って感じですね。涙。。
文章を拝見して、うんうん、とうなずく自分なのでした。
後、ローマ法王265代が外国を訪問してますが、その時は
アリタリアが1機、そちらに貸し出すので、
ダイヤが乱れる事もあります。以前、被害?に遭遇致しました。
リンク有難うございました。嬉しいです。
これからも宜しくお願いします。(*- -)(*_ _) ペコリ