イタリア旅行マニア
イタリアマニアの気になることは?(Italia Mani@ravel)

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イタリア旅行マニアのイタリア旅行記。 ミラノ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマ、それだけがイタリアではありません。

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プロフィール

Author:らふぁえろ
イタリア渡航暦
1999年12月
2000年春、冬
2003年冬
2004年春、冬
2006年は9月27〜12月25日
2007年10月10〜11月06日

イタリア各地を旅をして、街歩きを楽しみ、
絵画・彫刻を鑑賞していたら、
教会オタク(?)のようになってきました。(@_@;)
HNはらふぁえろ、でも絵は・・・描いてません。

イタリアの食べ物、ワインには地域性が大きいことを
旅する毎に実感しています。
飲んだ暮れ、食い倒れに勤しんでおります。(胃腸は弱いですが)

Link Freeです。



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ここヴェネツィアは、色んな意味で縁や思い入れのある街です。

幾つか例を挙げると以下の通りです。

初めてのイタリア旅行で(1999年)に訪れたこと。

挨拶くらいしかイタリア語を喋れなかったけど、友人の2人でホテルを探したこと。(ちょっとした達成感がありました。)

ヴェローナまでの往復切符がちゃんと買えたこと。(初めてのお使いみたいなものです。)

朝食はビュッフェ形式だったので、チーズやパンをちょこっと貰って帰って酒あてにしたこと。(^^)

初めてのレンジでチンするイタリア料理に出くわしたこと。(>_<)

(これは酷かった。パスタは皿の端っこの方が、干乾びてたくらい。

 この経験が、日本語で客引きする店には絶対に入らない方が良いということを教えてくれました。

迷路のような街に大いに迷ったこと。(目的地になかなか辿り着けませんでした。)

初めて切り売りピザを食べたこと。(お手軽ランチはマクドだけじゃないんですよね。)

広場でやっていたクリスマス・マーケットで色んなグラッパを試飲したこと。

(グラッパを飲んだのはこの時が初めてでした。)

そして、後にイタリア語を習うことになった先生がヴェネツィアの出身だったこと。


ヴェネツィアでは初めてする経験が多かったので、記録は何も取っていませんでしたが、何年も時間が経過した今も記憶に残っています。

それは、良かったことも悪かったことも含めて貴重な経験だったのだと思います。。


さて、そんなヴェネツィアの最終回は、かつて私がイタリア語を習っていた先生との面会の日です。

2日前に電話で連絡を取り、待合せは17時頃にサンタ・ルチア駅のバール。


先生との面会が主目的だったので、この日は1日暇つぶしをしていたようなものです。(^^;)

暇つぶし1.ゲット(Ghetto)

暇つぶし2.サンティッシマ・ジョヴァンニ・エ・パオロ大聖堂(Basilica di Santissima Giovanni e Paolo)

暇つぶし3.サンタ・マリア・デイ・ミラコリ教会(Chiesa di Santa Maria dei Miracoli)の外だけ

暇つぶし4.場所は忘れましたがオペラの衣装展示があった建物

暇つぶし5.サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会

それでも時間が余ってしまったので、私がすることといえば察しの良い方は「ああ、あれか。」と思われていることでしょう。

また近くのサン・ジェレミア教会に入って、瞑想お昼寝です。(椅子に座ってたら寝てしまっていました。(^^;))

そして、目が覚めるとちょうどいい時間になっているではありませんか。(これも日頃の行いが良いからでしょうね。)

先生はイタリア人らしからず、時間に正確ですから、日本人の私が遅れるわけには参りません。

駅へ向かう私は少し早歩きでした。

待ち合わせまでの数分間は少しドキドキしました。全部の会話をイタリア語でできるだろうか?という不安があったからです。


時計の示す時刻は、ちょうど17時頃。

どちらが姿を見つけるのが早かったか、近寄ると

「Ciao , Come stai ? sto bene . 」

「Anch'io sto bene . 」

ハグとバーチとで再会を喜んだのです。

日本からイタリアへ帰る時には諸事情が有ったのですが、先生は元気そうだったので、私はほっとしました。

近くのバールに場所を移して、私はカッフェ・マキアートを注文して、バールで1時間くらいの会話。

その会話の殆どは日本語で行われました。。。。。(+_+;)

先生は日本に滞在していた年数がなんと11年。

日本語の細かいことやニュアンスも分かってくれるので、イタリア語使わなきゃと思いつつもつい日本語が出てしまいます。

会話の内容は、お互いの近況、どんな所を回ってきて、この後何処に行くのか。

ヴェネツィアで何処に行ったか、ユーロになってからイタリアの物価が高いこと等等。


周知の通り、イタリアは通過がユーロになって以来物価は上昇するばかり、

それでいて、給料据え置きなもので、生活は苦しくなる。

1月くらいの夏休みはあるものの経済的事情で丸々1月のバカンスを取れない人も出てきて、

そういう人達は2週間くらいはバカンスして、残りは家に居てるんだとか。

子供が居る家庭だと1日2、3時間メイドのパートをするお母さんも、わりと居るんだとか。

(私は観光しかしてないのに、変なことばっかり詳しくなっている気がします。)


特に物価が高いヴェネツィアでは、食事を安く済ませるテクニックも教えて貰いました。

私はいつも活用している方法ですが、ご紹介致します。


 Д后璽僉爾妊僖鵝果物、生ハム、チーズ、飲み物などを買って自分でパニーノを作る。

ピッツェリアで食事する。

Brek(ザ・めし屋)のように食べたい物をトレーに載せて会計するタイプのレストランを利用する。

ぁ地元の人が行くような店を探す。(これは難しいです。)


まあ、こんな感じです。


バールを出た後、ゲットに行き説明を受けました。

先のゲットの記事内容はこの時、先生に聞いた話が元になっています。

その後、先生と別れた私は一旦ホテルに戻って荷造りを済ませ、駅近くのピッツェリアで夕食を採るのでした。

店内が「アメリカ?」を感じるような内装、且つピッツァに「タバスコ混じってない?」というお味。

サービスもあまり宜しくございません。

また、コペルトが要ったこと、ヴェネツィア特有の税金が要ったことで、18ユーロというお値段になっていました。

私が食べたのは、ピッツァ・マイアラータ(Pizza Maialata:サラミとソーセージが乗ったピッツァ)とビール2杯(くらい)。

これもヴェネツィアなのですね。




次は2006年11月20日 

ヴェネツィア→ウディネ→トリエステ→ヴェネツィア・メストレ→ウィーンの大移動となります。

お楽しみに


2006年10月19日 ヴェネツィア 11


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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会(Chiesa di Santa Maria della Salte)
ペストの流行が治まったことを聖母マリアに感謝して建てられた教会。

上から見ると八角形で、17世紀に建設されました。
建築家バルダッサーレ・ロンゲナ
内部ではティツィアーノ、ティントレットの絵画を見ることが出来ます。

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会の位置
位置関係はヴェネツィアで最も重要な場所であるサン・マルコ広場から見ると、カナル・グランデ(Canal Grande)を挟んだ対岸。

アッカデミア橋(Ponte dell'Accademia)を渡って行くことが出来ます。  
毎年11月21日に行われる聖母マリア奉献祭(Festa della Salute )には、臨時で橋が作られるそうです。
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会上から
上から見ると八角形


サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会1

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会2

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会3

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会4


Brek
Brek



駅近くのピッツェリア
ヴェネツィアのPizzelia

Pizza
ピッツァ・マイラータ


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